エストニアの教育レベルが世界トップなのは本当に教育改革のおかげなのかを確認する

こんにちは。YUMAです。

エストニアという小国がPISAスコアで世界トップに居続けられる要因はなにか?

前回の考察によって、ソ連崩壊後に超ドラスティックな教育デジタリゼーションを行ったことが要因だと分かってきました。

教師のレベルも上げるため、コンピュータの使い方などの研修を行ったり、5年以上の経験がある教師には給料の上乗せがあるなど待遇面でも改革があったようです。

ただ、単にデジタリゼーションだの教育改革だのと言っても、本当にそれらが教育レベルの向上に寄与したのか、他の何らかの要因がもしかしたら偶然にエストニアにだけはハマっただけなのかも、という懸念は残ります。

エストニアの教育改革が本当に意味のあるものだったのか?もしくは偶然にもほかの要因が関係していただけなのか?

今回の記事ではこのあたりを探っていきます。

こちらのEuropean Bank(欧州復興開発銀行)から研究結果を引用しています↓

何をもって教育改革の高低を測るか?

学生時代に優れた教育を受けた人は、その後に高いスキルを持つ大人となっているはずである。この前提をもとに、大人になった個人のスキルの高低と、その個人が受けてきた教育やその他の属性の関係を調べます。

スキルの高低をどう計測するかですが、OECDが行っているPIAAC調査(Programme for International Assessment of Adult Competencies、国際成人力調査と訳される)のスコアを使います。PIAACでは「読解力」「数学的思考力」「問題解決能力」のスキルを評価します。

ちょうど以前記事にしたPISAの大人版というイメージでしょうか。

PISAは各国の15歳を対象にしていたのに対してPIAACは各国の労働力人口16-65歳を対象にしたテストです。

歴史的な背景

エストニアはソ連崩壊によって独立した国です。話される言語はエストニア語ですが、歴史的背景からエストニアにはロシア語を母国語とする人々が少なからず住んでいます。

ロシア語を話す人口は徐々に減ってきてはいるものの、1997年時点では人口の32%、現状でも3割程度いるそうです。

そして、学校においてもエストニア語をベースとする学校と、ロシア語をベースとする学校が存在します。今回の研究で用いたサンプルデータにおいても、全体の3割程度がロシア語を話す人々とのことです。

様々な条件を考慮したうえで教育改革の影響を見極める

多数のエストニア人のPIAACスコアがあり、各個人の属性や学歴などのデータが分かっています。そうすると、どの変数がPIAACスコアと相関を持っているのかを分析することが可能です。

そして、今回のメインの研究テーマである、エストニアの教育改革は大人になったときのPIAACスコアに良い影響を与えているのか?を探るための適した条件があります。

それは、エストニアの教育改革はエストニア系学校(エストニアを母国語とする生徒の通う学校)に対してのみ実施され、ロシア系学校(ロシア語を母国語とする生徒の通う学校)に対してはかなり改革が後手となっていたということです。

つまり、各個人の属性を考慮しつつ、エストニア系学校に通った人がロシア系学校に通った人とどの程度スキルの違いがあるかを調べれば、その差は教育改革にあったのだろうと結論付けることができます。

もちろん、ロシア系学校に通っていた人はXXな傾向にあるというバイアス(例えば年齢層が高いor低い、親の教育レベルが高いor低いなど)があるはずですが、そこは可能な限り排除するように分析しています。

研究結果

「PIAACスコア」を被説明変数(y)にして、説明変数(x)には「エストニア語が母国語か否か」「エストニアが母国語、かつ教育改革実施後に卒業したか否か」を使います。後者の相互関係こそが本当に興味のある対象です。

エストニア語が母国語ということは教育改革がなされたエストニア系学校を卒業しており、なおかつ卒業タイミングが教育改革実施後であればその恩恵を受けていたことになります。

これらのひとたちのPIAACスコアが他者に比べて高いということであれば、教育改革の効果を測定することが可能となります。

その他にはコントロール変数として年齢、年齢の2乗、性別、学歴、両親の学歴、16歳時点で保有していた本の数、健康状態などを考慮します。

↑参考です。

コントロール変数の影響を確認

まずは、エストニアとエストニアを除く世界のデータを対象にした、シンプルな重回帰の結果を見てみましょう。コントロール変数の影響を見るという目的で、敢えて興味ある変数は除いてあります。

左から、対象をエストニアと世界全体にした2種類の結果を、Numeracy(読解力)、Literacy(数学的思考力)、Problem Solving(問題解決能力)の順に重回帰分析の係数(β)を記載しています。

例えば、Ageであればマイナスですから、年齢が高いほどPIAACスコアは低いという負の関係があることがわかります。Mother EducationやFather Educationはプラスですから、両親の学歴が高い人のほうがPIAACスコアが高い。Healthもプラスなので健康状態が良好な人ほどPIAACスコアが高い。

SecondaryやUniversity or higherがプラスなのは、高等教育を修了していたり大学を卒業した人のほうがスコアが高いことを表します。Genderは女性なら1、男性なら0というダミーを使っているようなので、マイナスということは女性のほうが男性に比べてPIAACスコアが低いことを意味します。

どれも、エストニアを対象にしたモデル(1)(3)(5)と世界を対象にしたモデル(2)(4)(6)で共通の傾向ですね。

相互作用の影響

さて、最も興味のある「エストニア語が母国語、かつ教育改革実施後に卒業」という変数を入れた重回帰分析の結果を確認します。

上から順番に。Graduated after the Reform(教育改革実施後に卒業)は回帰係数(β)がマイナスです。が、統計的に有意ではない(*が付いてない)ので係数は誤差の範囲内で0と同じ。PIAACスコアには影響がないことを意味しています。

Estonian Speaker(母国語がエストニア語)は係数がプラスで***が付いてますので、有意にエストニア語が母国語の人のほうがスコアが高いことを示しています。

AgeとAge2乗はスルー。

Grad Reform × Estonian Speaker(エストニア語が母国語、かつ教育改革実施後に卒業)が最も興味ある変数です。ここの係数は有意***にプラスです。したがって、結果をまとめると以下のようになります。

PIAACスコアには、各個人が、

  1. 教育改革実施後の卒業であるどうかは影響なし
  2. エストニア語が母国語の人のほうがPIAACスコアが高い傾向にある
  3. 教育改革実施後の卒業、かつエストニア語が母国語の人はPIAACスコアが高い傾向にある

となります。

エストニア語が母国語という人は、エストニア系学校に通っていたということです。エストニアの教育改革はエストニア系学校に対して実施され、ロシア系学校ではなかなか改革は進みませんでした。

2の結果から分かるのは、教育改革の有無に関係なく、そもそもエストニア系学校を卒業した大人のほうがPIAACは高いということです。

1の結果から分かるのは、単に教育改革実施後の卒業というだけではPIAACスコアには影響しない。

ただ、最も重要な3の結果から分かるように、教育改革実施後の卒業で、しかも改革が実施されたエストニア系学校に通っていた大人はPIAACスコアが有意に高いということが示されました。

感想

教育改革(デジタリゼーション)の実施されたエストニア系学校に通っていた大人はスキルが高い傾向にあるということが、一応は定量的なデータ分析によって示されました。

が、この論文読んでると詳しい説明などが不足してたり不明点などもあり、若干不信感もあります。

とはいえ、欧州復興開発銀行から出ている論文ですし、まあ引用には値するのかと思います。

同じ国の国民でも、教育改革の恩恵を受けた人と受けてない人がそこそこの数いると分析のしがいがあって良いですね。

エストニア系学校とロシア系学校で教育改革の有無があったことを利用して、その他の様々な属性の差はコントロール変数で控除するというこの分析手法、目をつけたポイントはなかなか面白かったです。

いったんエストニアの教育に関してはだいぶ知識が深まったので自分なりの勉強はここまでにしようかなと思います。

教育というトピック自体はこれからも継続的に掘り下げて行きたいと思います。

それではまた。