フィデュシャリー・デューティー(受託者責任)という言葉を聞いたことはありますか? 金融庁の号令のもと、資産運用業界で…
フィデューシャリー・デューティーとは規制強化のことなのだろうか②
こんにちは。
前回に続き、ファンドマネージャーらしく(??)フィデューシャリー・デューティーについて、思うことを書きたいと思います。
フィデューシャリー・デューティーの規則の敷き方が、米国はルールベース(細則主義)寄りであるのに対して、日本はプリンシプルベース(原理主義)寄りだということを前回の記事で解説しました。
そこについてですが、米国での最近の規制事例が興味深いので、そちらを紹介したいと思います。
まだ新しい規制で、日本語の解説とかまとめが少ないので、英語ニュースを元に見てみます。
目次
2018年2月12日に、米国SEC(Securities and Exchange Commission 証券取引委員会、日本の金融庁に相当)から、“SEC Launches Share Class Selection Disclosure Initiative to Encourage Self-Reporting and the Prompt Return of Funds to Investors”
というプレスリリースが出ています。 Share Class Selection Disclosure Initiative (SCSD Initiative)とは何でしょうか?
同じくSECのページから2月9日に、“Share Class Selection Disclosure Initiative”というタイトルのアナウンスが出ています。
SCSDをカタカナで書くと、シェアクラス・セレクション・ディスクロージャー・イニシアティブで、シェアクラスというのは日本だとなじみがないのですが、米国では投資家の属性や投資金額や手数料のかかり方などによって、中身のポートフォリオは同じ投資信託でも、Aクラス、Bクラスといった様々なシェアクラスが存在します。「このお客さんなら○クラスよりも△クラスの投資信託を買っていただいた方が適切だ」といった使われ方をします。
SCSDを直訳すると、「シェアクラスの選択に関する情報開示」ということになります。
SCSDイニシアティブのプレスリリースを見ると、
Under the Share Class Selection Disclosure Initiative (SCSD Initiative), the Division will agree not to recommend financial penalties against investment advisers who self-report violations of the federal securities laws relating to certain mutual fund share class selection issues and promptly return money to harmed clients.
とあります。
つまり、ざっくりと説明すると、「投資アドバイザーが顧客にとって適切なシェアクラスの商品を勧めず、手数料の高い不適切な商品を勧めて買わせた事があるのなら、今すぐに情報開示しなさい!」「自ら開示を名乗り出て(Self-Reporting)、取りすぎた手数料を顧客に即座に返還する(Prompt Return of Funds to Investors)のなら、SECは罰則を与えないでおいてあげるわ!」という、何とも大胆な取り組みです。
当たり前ですが、不適切なシェアクラスを勧めることは、そもそも規則違反でした。
プレスリリースの中断には以下の記述もあります。
the Commission has charged nine firms with failing to disclose these conflicts of interest. These actions included significant penalties against the investment advisers, and collectively returned millions of dollars to clients.
とありますので、ここ数年においては9社が規則違反を行い、その一部として罰金数百万ドルを顧客に返還したということですから、如何に根が深い問題なのかを物語っています。
今回のSCSDイニシアティブは、それらを一つずつ見つけて罰していくよりは、自己申告のインセンティブを与えた方が効率的に違反を防げそうだという、いわば囚人のジレンマの原理を使って違反を根絶やしにしようという作戦です。
罰金覚悟で規則違反をしている人たちはダンマリを決め込むでしょうが、おそらくそういう会社は殆どないと思います。
この手の話は、会社としてはフィデューシャリー・デューティーやコンプライアンスの社員教育をしっかりしているつもりでも、どこかに意識の欠けた営業マンがいるもので、その輩が違反していて判明したら会社もビックリ、というパターンが多いような気がします。
そういう意味では、しっかりした会社ほど、「うちの社員にそんな輩はいないよな!?もしいるならしっかり名乗り出ろよ!」という具合になるのではないでしょうか。(日本だとそんなパターンが多い気がします)
もちろん、米国には個人の投資アドバイザーも多いので日本と事情は異なるでしょうが。
日本に適用されたらどうなる?
さて、仮の話ですがこのような法規制が日本で敷かれたらどうなるでしょうか?
シェアクラスというのは、日本には存在しませんが、ベビーファンドの概念とよく似ています。
ベビーファンドとは
ベビーファンドとは、マザーファンドとセットでファミリータイプの投資信託を形成するもので、複数のベビーファンドが同じマザーファンドを買うことで、資金規模の大きくしたマザーファンドが実際の証券に投資するというものです。
例えば、純資産100億円のベビーファンドA(公募投信)と純資産200億円のベビーファンドB(私募投信)という2つのTOPIXに連動する商品があるとき、それぞれで個別に現物株に投資するのではなく、300億円のマザーファンドが現物株投資を行い、ベビーファンドA,Bはそのマザーファンドを買うことでTOPIXに連動するという仕組みです。
こうすれば、投資先の株式、すなわちポートフォリオは全く同じでありながら、トレーディングの手間やコストはマザーファンドの売買だけで済みますし、顧客属性の異なるファンドを新たに作るときはベビーファンドというペーパーカンパニーのようなものを作って、同一のマザーファンドを買うだけなのでコストやオペレーションの面で効率的です。
顧客が実際に投資するのはベビーファンドです。
中身が同じマザーファンドでも手数料の違うファンドが存在する
例えば、TOPIXに連動するインデックスファンドというのは日本にたくさん存在し、販売手数料は異なるし、運用会社によって信託報酬の水準も異なります。
インデックス投資ブロガーはかなりコスト意識の高い人が多いので、信託報酬の低いファンド=良いファンド、となりやすいです。
しかし、百歩譲って、良い悪いは別として、運用会社が異なれば運用方法も異なるし、信託報酬が異なるのも仕方ないと言えなくもありません。
ところが、運用会社が同一、かつ投資先のマザーファンドが同一でありながら、ベビーファンド間で信託報酬に差があったらどうでしょうか?
実際にそのような商品は多く存在しています。
米国とは多少事情は異なるかもしれませんが、日本の証券会社や銀行の販売員が、その中から手数料の低い商品をしっかりと優先的に顧客に勧めているでしょうか?
将来的にはこの辺りの規制が厳しくなることが、米国の事例からも予想されます。
日本もルールベースのフィデューシャリー・デューティーとなればよい
金融庁がフィデューシャリー・デューティーの号令をかけてから、数年が経過し、資産運用業界においても一定の変化は起きている気がします。
例えば、証券会社による投資信託の回転売買は少しずつ減ってきており、フロービジネスからストックビジネスへと変わろうとしています。また、一時期は一世を風靡した毎月分配型の商品も、様々な批判を受けようやく残高を減らしつつあります。
この辺りは一定の効果と見ることができるかもしれません。
しかし、やはりそういった例は数えるほどしかなく、おそらくは個別の現場ではいまだにフィデューシャリー・デューティーとはかけ離れたような営業行為が(少数ではありますが)行われていると感じています。
個人的には、このような事態を打開するには、やはり明確なルールを設けて米国式に規制していく他ないのではと強く思います。
金融庁の言うプリンシプルベースは、人や会社としての道徳に依存する点や、良質な競争を促すという点で大変に素晴らしい施策だとは思いますが、やはりそれだけで業界の各所に蔓延る受託者責任の問題を解決していくのは難しいのではないでしょうか。
日米ともにフィデューシャリー・デューティーは現在進行形で議論がなされている分野なので、今後もウォッチしていきたいと思います。
ではまた!